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aperitif-数学文化の担い手は?
(数学セミナー1997年5月号巻頭言)
最終案
裏話
第1案
第2案
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最終案
数学離れが話題になり始めてもうかなりになる。
いろいろな議論のある中で、数学の有用性を主張する議論はなぜか色褪せて見える。
学校教育で数学を教えることの意味が問われているのであって、数学自体の有用性が問われているのではないからだ。
文化としての数学という視点を強調する人もいるが、それでは余りにも辛い。
数学を習い事にする議論になりがちなうえ、カルチャーセンターで数学をやったとしても客の入りは保証できない。
学校数学でない数学を魅力的に教えることのできる人材を供給できないからとも言えるのだ。
「数学が文化か」の議論も面白いが、「そんなことは知らない」ことにしておきたい。
そんなことは知らないが、「数学文化」というなら、確かにそれはあるらしい。
その数学文化を担っているのはどういう人だろう。
1:数学者集団、2:数学教師群、3:数学学習者層、4:アマチュア数学愛好家、
5:仕事で直接間接に数学を使うユーザ層、6:数学文化関連文化人(職業人)、
ということになろうか。
文化の元締めともいうべき「文学文化」の担い手を考えてみる。
1は文学者、つまり、文学生産者(詩人、小説家、随筆家)、2は国語・漢文・英語などの先生、
3は小学校から大学までの児童・生徒・学生、4は素人作家、俳人、詩人などカルチャーセンターやテレビなどの講座の受講生、5は文学を読み、胸ふくらませ、苦しみを癒す一般読者層、6は批評家、編集者、古本屋、という感じか。
裾野の広がりのこの圧倒的な違いはどうしたものだろう!
文学では教育を経なくてもユーザにはなれて、同列に論じることはできないのだが。
専門家の環境はどうだろうか。
最近、大学の教養課程の解体、教育学部の総合化(非専門性)、一部の大学の大学院大学化などにより、「数学」を冠する教室の数は極端に減少し、元々狭い数学者の棲息域は「環境汚染」によって狭められている。
文化を高めるために専門家だけいれば良いわけではない。
より広範な担い手を養成しようと、専門家の集団で排他的な体質をもつ日本数学会も自己開放の努力をしている。
春秋の学会の際には市民講演会を行い、話題作りに学会賞も増設した。より読みやすい雑誌も作り、社会的な発言をするようにもなった。
その一員として思えば大変な変化だが、社会の見る目が変わったように見えない。
この社会の、数学文化の担い手を増やすにはどうしたらいいのだろうか。
上の分類で考えよう。もちろん長期的にはどの階層も増やす努力をすべきだが、短期的に実現することも考えないと、干潟が干上がってしまうかもしれない。
6は数が少ない。
一番数の多い5のユーザ層をこそ対象にすべきだが、これまでの経緯もあって、この層は数学(者)に好意的でない。
4は気紛れで具体的な目標として設定しにくい。
2こそが当面の対象ということになる。この層の数学への動機づけが高まれば、予備軍としての児童・生徒・学生への影響も大きい。
数学会として高校の先生を勧誘する努力もあるのだが、相互の「不信感?」が障壁になっているようだ。
2が主たる構成員で、4、5を巻き込んで、しかも1も参加できるという感じの組織を、いわば数学会の隣に作るといったことを考えた方が良いのかも知れない。
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裏話
久しぶりの依頼原稿である。
それなりに張り切ったのだが、何を書いたらよいか分からない。
最近の巻頭言はどんなことが書いてあるのかと2、3冊手に取ってみると
巻頭言がない。少し調べてみると10年ほど数学セミナーには巻頭言がなかったようだ。
原稿は何を書いてもいいとはいわれても、雑誌の巻頭言には昔ながらの思い入れもあって、さて、困った。
とは言え、1行38文字の38行の制限の中で、もう最後かもしれない主張を述べないといけない。あまり気負うとろくなことはないので、数学セミナーの編集長から電話で依頼のあったとき、依頼の意図があるかどうかを訊ねてみた。
5月号にお願いするので、店頭に並ぶのが4月になりますから、新入生に贈る言葉というようなものでも結構ですが、という返事である。依頼したのが失敗だったか、と電話の向こうの編集長の頭の中を想像した。不安を与えてはいけないと、「何とかしましょう」などとエラそうに言って電話を切った。
僕は原稿を書くとき、大抵は締め切りまでの期間の半分ほどは筆を執らない。もちろん、エディタで書いているので、このためにコンピュータに向かわないという意味。といって何もしないわけではなく、あれやこれや漠然と考えている。構想がまとまってから筆を執る、と言えば格好がいいが、実は諦めるのである。いろんなことを思い浮かべ、頭の中で文章にして放っておくと、また違ったことを思い付く。書いておこうかなと思うが無精なので書かずにいると、忘れてしまう。そんなことを何度か繰り返していると、忘れたことがとても悔しくなるようなフレーズに出会うことになる。で、書きはじめるのである。
いつ書きはじめられるか、だからとんと見当がつかない。
しかし今度は、締め切りに間に合わないで済む原稿ではない。材料なりと書いておこうかと思った。
Last lineに書く決め台詞が思い浮かんだので、書いてみる。
1。この春は奇跡が起きるだろうか?起こる可能性があってこそ、奇跡というものだ。
2。数学セミナーは数学文化の担い手の数のバロメータではある。何はともあれ、数学セミナーよ、ガンバレである。
どうも格好が悪い。また、折角の機会だから、トスムのホームページの
URLもどこかに入れておきたいとも思った。
本当は、一番最初に頭に浮かんだ台詞は
「人は生き物であり、人の思想はなまものである。」
というもので、何日か、これを思い浮かべては次の文章を考えていた。あまり代わらない内容が続く日もあるが、全然別のことを考える日もある。何しろ、紙数の制限がきつくて、何も書かないうちに終わってしまう。
しかし、言える機会はもうないかもしれないと思うことにし、言うべきことはキチンと言おうと思うようになった。
となれば、何を主張にするのか?挙げてみた。
「1.数学は人類にとって、必須・重要。自然・社会など人の外側のものを人間の側に引き込むための、翻訳の道具。」
「2.数学離れ・理科離れが起こっており、上の認識はもしかすると、単なる流行だったのかもしれない。」
公教育で数学を学び・教えることの意味を考えたかったが、それが数学者のかってな思い込みである意味で流行だったということもあるかもしれない。数学・自然科学が強い関心を引いた時代はどんなときだったのかを思いおこしてみた。
「1.シャトレ夫人のニュートンのプリンキピア」
「2.エネルギーの理論(マッハ)」
「3.相対性理論(分かるのは1ダースと言われながらの大ブーム)」
まだあるが、一言ずつコメントしているだけでも紙数を越えるし、そこから教訓(何て言葉だ!)を引き出す余裕はない。
そんな時、新聞で、ドイツの大学が直面している矛盾と困難の記事を読んだ。日本の大学教育はある意味でドイツを範にとっている。その理念は「教育と研究の一体」であったが、それが今、完全に破綻しているという。主な原因は、学生数の増加と財政難である。しかし、これを論じるだけで紙数をオーバーする。
あせるばかりで時間が迫る。ともかくエイヤッと書きはじめた。こんなことなら悩まなくてもよかったのに。
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第1案
数学離れ・理科離れの議論の中で、数学の有効性(有効であることは明らか)を主張する議論はなぜか色褪せて見える。
学校教育で数学を教えることの意味が問題にされいるのであって、数学自体の有効性を問題にしているのではないからだ。
それではと、文化としての数学という視点を強調する人もいるが、それでは余りにも辛い。数学を習い事にする議論になりがちで、だからといって、カルチャーセンターで数学をやっても客の入りは保証できない。
学校数学でない数学を魅力あるように教えることのできる人材を供給できないことによるのだろうが。
数学が文化かという議論をすれば、場合によっては諾否のどちらの側にも立つことが出来るし、それはそれで面白い。
でも今は、そんなことは知らないが、ということにしておく。
そんなことは知らないが、数学文化というなら、それは確かにあるらしい。
それが初等・中等教育における数学の学習がその基盤になっているとすれば、数学文化はまさに危うい。
大学入試の多様化が、数学を課さない大学・学部を増やし、それが高校における文科系志望クラスを増やし、理科系クラスにおいても数学の質を下げている。指導要領の無思想な改変が拍車をかけている。
大学初年級のクラスを教えてみると、その知識のなさより基本的な技術のなさに、技術のなさより意欲のなさに驚かされる。
いや、驚いていたのは何年も前のことだ。今では、情けないやら悲しいやらの気持ちの方が強い。
それでも学期の初めには、なぜ数学を学ぶのか、話している。理系基礎科目として、文科系教養科目として、教職教養科目としての数学を受ける学生の気分が異なるので、それに応じたニュアンスで話す。もちろん、本質は一つのことで、
「文明を享受したければ、人類にとって数学は必要不可欠であり、自然・社会など人間を取りまく環境を、人間の側に、人間の認識の中に取り込み・処理する技術である。外界を人間の認識に翻訳する言語である。人の間のコミュニケーションを確立するための言葉とともに、人を人たらしめる要素である。」
信じているから大上段に言える。言いはするのだが、虚しくもなる。例を挙げて分かりやすく説明しようとしても、挙げる例を学生は知らない。日常的なことの中から例を拾い上げようとしても、数学として抽出する作業のための技術を知らない。やってはみるのだ。一人でもいいから分ってほしいと、やってはみるのだ。
世の流れだろうか?数学をすべての人が学ぶべきだというのは幻想なのだろうか?
数学や物理を学ぶことがブームになったときもあった。
シャトレ夫人がプリンキピアをフランス語に訳した頃、ニュートンを語れねばパリでは文化人として認めて貰えないこともあった。
アインシュタインが来日したとき、分るのは世界中に1ダースと言われたのにもかかわらず、猫も杓子も相対性理論を語り合ったものらしい。
そうした時おりの大ブームの余波だったのだろうか?
いや、明治以来の殖産興業、戦後の復興、世界に追いつき・追い越すために、数学を含めた理科系諸科学の振興が必要であった。
曲がりなりにも一流国になった今、水準を維持するためには、さらに努力が必要である。しかし、極端な冷遇である。
数学は3Kの仲間くらいにしか思われていないようにも見える。
もう駄目。これで既に紙数をオーバーしてしまった。何の主張もない文章にしたくなかった。書き直しである。
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第2案
数学離れ・理科離れの議論の中で、数学の有効性(有効であることは明らか)を主張する議論はなぜか色褪せて見える。
学校教育で数学を教えることの意味が問題にされいるのであって、数学自体の有効性を問題にしているのではないからだ。
それではと、文化としての数学という視点を強調する人もいるが、それでは余りにも辛い。数学を習い事にする議論になりがちで、だからといって、カルチャーセンターで数学をやっても客の入りは保証できない。
学校数学でない数学を魅力あるように教えることのできる人材を供給できないことによるのだろうが。
数学が文化かという議論は、それはそれで面白いが、今は「そんなことは知らないが」ということにしておきたい。
そんなことは知らないが、数学文化というなら、それは確かにあるらしい。
それが初等・中等教育における数学の学習がその基盤になっているとすれば、数学文化はまさに危うい。
大学入試の多様化が、数学を課さない大学・学部を増やし、それが高校における文科系志望クラスを増やし、理科系クラスにおいても数学の質を下げている。指導要領の無思想な改変が拍車をかけている。
大学初年級のクラスを教えてみると、その知識のなさより基本的な技術のなさに、技術のなさより意欲のなさに驚かされる。
いや、驚いていたのは何年も前のことだ。今では、情けないやら悲しいやらの気持ちの方が強い。
それでも学期の初めにはいつも「なぜ数学を学ぶのか」を話す。講義によってニュアンスは違うが、本質は一つのことで、
「文明を享受したければ、人類にとって数学は必要不可欠であり、自然・社会など人間を取りまく環境を、人間の側に、人間の認識の中に取り込み・処理する技術である。外界を人間の認識に翻訳する言語である。人の間のコミュニケーションを確立するための「言葉」とともに、人を人たらしめる要素である。」
信じているから大上段に言える。言いはするのだが、虚しくもなる。例を挙げて分かりやすく説明しようとしても、挙げる例を学生は知らない。日常的なことの中から例を拾い上げようとしても、数学として抽出する作業のための技術を知らない。やってはみるのだ。一人でもいいから分ってほしいと、やってはみるのだ。
これも世の流れだろうか?数学をすべての人が学ぶべきだというのは幻想なのだろうか?
歴史的には数学や物理を学ぶことが流行であったこともある。
そうした大ブームの余波で、勉強することが美徳として記憶されたのだろうか?
明治以来の殖産興業、戦後の復興、世界に追いつき・追い越すために、数学を含めた理科系諸科学の振興が必要であった。
曲がりなりにも一流国になった今、水準を維持するためには、さらに努力が必要だと思う。なのに今、極端な冷遇である。
数学は3Kの仲間くらいにしか思われていないようにも見える。
数学文化の担い手のあるべき姿は、人類すべてであろうが、現実的に考えると、1:数学者集団、2:数学教師群、3:数学学習者層、4:アマチュア数学愛好家、5:仕事で直接間接に数学を使うユーザ層、ということになろうか?
また駄目。紙数オーバーである。何を主張にするのかを考え直さないといけない。数学文化の担い手というテーマだけははっきりしてきたようだが。
そんなある日著名なU氏から電話が掛かった。1時間は話したろうか。そのため全面的にと言っていいほど書き直したものが最終案である。二三、編集長からの注文というか意見によって修正した点もあるが。今読み返しても、意図を持って書かれたことのよく分かる文章になっている。
その後、月例会を臨時に開いて高校の先生の意見を聞き、又別の用もあったのでU氏の大学にその後行き、ほぼ1日話していた。何の結論も出ないものの、意義深い会話だったと思う。4月の信州大学での数学会でS氏とも2,3時間話をした。帰りの日にはM氏とも話を深めた。何が始まるというわけではないが、何かを始めなければならない。
少しずつ、少しずつ。
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